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大阪高等裁判所 昭和24年(を)1819号 判決

被告人

細川政夫

主文

原判決を破棄する。

本件を神戸地方裁判所洲本支部に差し戻す。

理由

およそ、起訴状における公訴事実は訴因を明示してこれを記載しなければならぬのであつて、訴因を明示するにはできる限り日時場所、方法を以て罪となるべき事実を特定しなければならないのである。(刑事訴訟法第二五六條)そして本件起訴状所載の公訴事実は「被告人は奧井廣幸より販賣の依賴を受けた肥料硫安三十二俵を昭和二十四年三月五日頃兵庫縣三原郡湊町農業協同組合事務所において同組合参事曾根春一に賣渡し、内金三万一千円を受取り保管中その頃擅に内一万六千円を右湊町などにおいて飮食費などに費消橫領した」と言うのであつてこれを卒直に通読すれば被告人は奧井廣幸の依賴で賣渡した硫安代金の内金を受取り同人のために占有中その一部を勝手に費消した趣旨であると解すべきである。しかるに原判決をみると、所論のように被告人は奧井廣幸から販賣の依賴を受けた硫安を湊町農業協同組合に賣渡し代金中三万一千円を同組合のために占有中その一部を勝手に費消したとの橫領の事実を認定してゐる。すなわち、起訴状の公訴事実と原判決の認定事実とを対比すると前者は買主を曾根春一として三万一千円は被告人が賣主を奧井廣幸のために占有したというのであるが、後者は買主を湊町農業協同組合とし金三万一千円は被告人が同組合のために占有したというのであつて、両者の間にくひちがいがある。

ところで、橫領罪において何人のために占有しているか、処分が擅まの越権行爲となるかどうか、などの点は具体的事件において犯人と被害者との相関関係が種々異ることが想定されるのであつて、これらの点は橫領罪で重要な意義をもつのである。だからある物を費消した場合右の点が異るにつれて同罪の前示刑事訴訟法第二五六條にいわゆる訴因が異るものといわざるを得ない。そこで原審理の跡を記録によつて調べてみると公訴事実の訴因について追加撤回又は変更など何らのことがないにかかわらず、原判決は右のごとく起訴状記載の訴因と異る別個の事実を認定したものに外ならぬ。もし原審にして起訴状記載の訴因の証明がなく、むしろ原判決認定の事実が眞相だとの疑いをもつにおいては、よろしく訴因について何らかの配慮(刑事訴訟法第三一二條)をした上檢察官と被告人の攻撃防禦の方法、例えば曾根春一を証人として尋問するなどの適宜の措置をとり審理をつくすべきであつたにかかわらず、右のように率然として公訴事実の訴因と異る事実を認定したのは、右の法律上の手続に違反し、審判の請求を受けた事件について判決をせず、審判を受けない事件について判決をしたものといわざるを得ない。

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